今の季節、馬産地では毎日出産が続いていることでしょう。
私の知り合いの牧場関係者も、緊急の夜間呼び出しが多くなったのだそうです。
馬のように、外敵から身を守るには「走って逃げる」方法しか選べない動物は、出産の時間帯も外敵が寝静まっている真夜中が多いと聞きました。
馬産地の皆さんは、体調にご注意くださいね。
あんずが幼かった頃に住んでいた、今はもうない北海道の観光牧場は、当時多くの観光客で賑わっていました。
競馬ブームも盛り上がって、馬産地は毎年多くの観光客が訪れるようになっていました。
あんずの住んでいた牧場は、本当に広大な敷地でした。
入口のゲートを入り、車でしばらく進んで行った奥、白樺の木立の中に、たくさんのコテージが点在していました。そこから少し離れた一角に、厩舎や馬場、パドックなどが整備されていました。
ここであんずは約5年間過ごしたのです。
あんずはまだ幼かったので、「引き馬」を中心に活躍していました。
当時は、修学旅行の生徒や家族連れなど、たくさんのお客さんを乗せて頑張っていました。
僕たち夫婦とあんずが出会ったのは、その頃の「日高ケンタッキーファーム」です。
ヨメはあんずを初めて見た時に、「ピピッとくるもの」を感じたそうで、そこから僕たちの人生にはいつもあんずが登場することになったのです。
あんずとの最初の出会いは2004年のことでした。その時は、あんずがまだ幼い2歳の時でした。
今はもう15歳になったのです。早いものです。
あんずに会いたくて、ヨメとボクは毎年夏になると、休みを工面して、あんずのいる日高ケンタッキーファームへとでかけました。
ケンタッキーファームの担当厩務員さんが、僕たちのことを覚えてくださっていて、「あんずよかったね~。今年も来てくれたよ!」と、あんずと一緒になって喜んでくれていたのを思い出します。
その時のことは、ある馬との特別な出会い<その1>から数ページに渡って書いています。
お時間があれば、ご覧になってくださいね。
そんな楽しみもつかの間で、毎年の夏の楽しみが、突然に悲しみへと変わってしまったのです。
2008年の年末に僕たち夫婦の知らない間に「日高ケンタッキーファーム」はひっそりと閉園していたのです。
ヨメとの出会いの場所、あんずとヨメの出会いの場所。
あんずはどこへ行ってしまったのだろうと、ヨメは途方に暮れました。
あんずを必死で探している様子は、ある馬との特別な出会い<その2>に詳しく書いてあります。
あんずはなんと、九州の霧島の牧場へと引っ越していたのです!
もうびっくりするやら驚くやら。
それよりも何よりも、あんずが無事で生きていると分かって、ふたりで大喜びしたのを昨日のように覚えています。
次回へ続く。。。
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